認知症の母親が突然外に出ていこうとする行動には、本人なりの理由があります。対策の柱は、玄関の工夫やGPS端末で異変にすぐ気づける仕組みを整え、そのうえで地域の見守りネットワークや介護保険サービスを組み合わせることです。夕食を終えたころにソワソワし始め、「家に帰らないと」と言って玄関に向かう、気づいたらひとりで外に出ていた、という経験を持つ家族は少なくありません。事故や行方不明への不安は日に日に重くのしかかり、介護する側の心身も追い詰められていきます。介護職員やケアマネジャーとしての経験を持つ専門家の解説をもとに、外出行動が起こる背景と、家庭で取り入れやすい対策、地域や介護保険を活用した見守りの方法を紹介します。

認知症の母親が外出を繰り返す理由は今いる場所への不安にある
ひとり歩きは、傍目には目的もなく歩き回っているように見えるかもしれません。ですが本人の中には「仕事に行く」「家に帰る」といった明確な目的があることがほとんどです。専門家の解説によれば、今いる場所が分からない、何をすべきか分からないという不安から、行動として外に出てしまうといいます。「出歩かないで」と頭ごなしに止めようとすると、かえって意固地にさせてしまうこともあるでしょう。途中で目的そのものを忘れてしまったり、道に迷っても周囲に助けを求められなかったりして、結果的に歩き続けてしまうケースも見られます。家族の目には「あてもなく徘徊している」ように映るのは、こうした事情があるためです。
夕方にソワソワが強まる夕暮れ症候群という現象がある
夕暮れ時は日中の疲れや外の明るさの変化から、時間や場所の感覚が乱れやすい時間帯です。自宅にいるにもかかわらず「家に帰らなきゃ」と感じて行動に移してしまう状態は、夕暮れ症候群、あるいは夕方症候群と呼ばれています。「家に帰りたい」という言葉の裏には「今いる場所に安心できない」という気持ちが隠れていることが多く、まず安心できる声かけや環境づくりが対策の出発点になります。
家族を悩ませるのは事故のリスクと目を離せない疲労
家族にとっての不安は大きく二つに分かれます。ひとつは道路への飛び出しや転倒事故、夏場の熱中症や冬場の低体温症など、命に関わる安全面のリスクです。もうひとつは、いつ外に出ていくか分からないという緊張感から、家族自身が睡眠不足や精神的なストレスを抱えてしまう疲労です。家族だけで24時間見守り続けるのには限界があります。介護する側が心身のバランスを崩してしまえば、本人を支え続けることも難しくなるため、家族だけで抱え込まない体制づくりが欠かせません。
森下仁美さんの母親は夕食後に家に帰らないと言って玄関に向かった
86才で要介護1の母親とふたり暮らしをする森下仁美さん(仮名・52才・会社員)は、夕飯を終えたころになると母親がソワソワし始め、「家に帰らないと」「子どもを迎えに行かなきゃ」と言って外に出ていこうとする状況に悩まされていました。車でドライブに連れ出すと落ち着く日もありましたが、知らないうちにひとりで家を出てしまい、近所を捜し回ったこともあったといいます。「また一人で出ていってしまうのでは」という不安から気が休まらず、限界を感じた森下さんは地域包括支援センターに電話で相談することを決意しました。多くの介護家族が経験する状況であり、早い段階で専門機関に相談したことが、その後の対策につながっていきます。
認知症の行方不明者は2025年に1万7345人、死亡確認は573人にのぼる
警察庁が公表した統計によると、2025年に全国の警察へ届け出があった認知症やその疑いのある行方不明者は1万7345人でした。前年から776人減少し2年連続の減少となったものの、依然として高い水準で推移しています。さらに、発見時に死亡が確認されたケースは573人にのぼります。屋外での転倒事故や夏場の熱中症、冬場の低体温症など、命に関わるリスクが現実のものであることを、この数字は表しています。
発見のきっかけは民間通報が47%で最多
発見につながった端緒を分析したデータでは、地域住民や施設などによる民間通報が最多で約47%を占め、警察活動によるものは約17%にとどまりました。家族や警察だけでなく、地域全体の見守りの目が早期発見に大きく関わっていることが分かります。
GPS活用ケースの85%は届け出当日に発見されている
GPS機器などが活用されたケースは139人で、そのうち84.9%にあたる118人が、届け出が受理された当日に発見されています。警察庁もこの結果を踏まえ、家族らにGPS機器の利用を呼びかけています。「うちの家族に限って」という油断は誰にでも起こりうる問題であり、外出行動が見られ始めた段階で早めに対策を講じることが重要です。
玄関のセンサーチャイムと補助錠は数千円から取り入れられる
自宅内でまず取り組みやすいのが玄関の工夫です。ドアが開くとチャイムが鳴るようにしたり、本人ひとりでは開けにくい位置に補助錠を取り付けたりする方法は、大きな費用をかけずに実践できます。ホームセンターやインターネット通販で手軽に購入でき、特別な工事をしなくても設置できる製品も多くあります。購入前に、対応するドアの種類や取り付け方法を確認しておくと安心です。これらの工夫は本人の行動そのものを制限するのではなく、家族が異変にいち早く気づける仕組みをつくることが目的です。センサー付きチャイムがあれば、就寝中や家事の最中でもドアの開閉に気づきやすくなります。
徘徊感知機器は要介護2以上で介護保険レンタルの対象になる
一歩進んだ対策として、徘徊感知機器のレンタルがあります。正式名称は認知症老人徘徊感知機器で、玄関などあらかじめ設定した場所を通過した際にセンサーが感知し、家族のスマートフォンや受信機に通知を送る福祉用具です。原則として要介護2以上であれば、介護保険を利用してレンタルできます。要介護度によって利用条件が異なるため、導入を検討する場合は担当のケアマネジャーに相談してみるとよいでしょう。レンタルは購入に比べて初期費用を抑えられるうえ、本人の状態変化に応じて機器を交換しやすいという利点もあります。
GPS端末は外出後の居場所確認に直結する
万が一ひとりで外出してしまった場合に備え、GPS端末を活用する方法もあります。靴に取り付けるタイプやキーホルダー型などがあり、家族は専用アプリなどから位置情報を確認できます。外出そのものを防ぐものではありませんが、外に出てしまってもどこにいるかすぐ分かるという安心感を家族にもたらします。特に日中は仕事などで目を離さざるを得ない家族にとって、リアルタイムで居場所を確認できる仕組みは心理的な負担を大きく軽くしてくれるはずです。
靴型やキーホルダー型など選び方は本人の生活習慣に合わせる
GPS端末には電話型、靴型、スマートウォッチ型のほか、キーホルダー型やストラップ型などさまざまな種類があります。選ぶ際にはバッテリーの持続時間、操作のしやすさ、防水性や耐衝撃性、月額料金や初期費用、そして万が一の際にすぐ相談できるサポート体制が整っているかを確認するとよいでしょう。日本の準天頂衛星システムみちびきに対応した機種を選ぶと、都市部やビルの谷間、屋内などでも位置情報の精度が上がりやすいとされています。靴に内蔵するタイプなら本人が意識せずに身につけられますし、持ち物を頻繁に置き忘れてしまう場合は衣類や靴に取り付けるタイプのほうが確実に携帯できます。
自治体のGPS助成制度は市区町村の窓口で確認できる
導入費用や利用料に助成制度を設けている自治体もあります。GPS機能を持つ専用端末を無料で貸し出す自治体、通信費を月額上限つきで助成する自治体、購入費の一部を助成する自治体など、内容は地域によってさまざまです。まずは市区町村の窓口や地域包括支援センターに問い合わせて、住んでいる地域で使える制度がないか確認することをおすすめします。
認知症高齢者SOSネットワークと見守りシールで地域の目を増やす
見守りは家庭だけで抱え込まず、地域のサポート体制も積極的に活用したいところです。認知症高齢者SOSネットワークは、行方が分からなくなったときに警察や自治体、地域の協力機関が情報を共有し、早期発見につなげる制度です。もうひとつが見守りシールで、衣類や靴、持ち物などに貼るQRコード付きのシールを、保護してくれた人がスマートフォンで読み取ることで、家族へのスムーズな連絡や身元確認につながります。名前や住所を直接記載する方法と違い、QRコードを通じて必要な情報だけを伝えられるため、プライバシーにも配慮された仕組みといえます。
事前登録制度を使うと捜索がスムーズになる
万が一に備え、本人の特徴や写真をあらかじめ登録しておける事前登録制度を設けている自治体もあります。事前に登録しておくことで、いざというときに捜索がスムーズに進みやすくなります。制度の名称や登録方法は自治体によって異なるため、住んでいる市区町村や地域包括支援センターに確認してみましょう。
徘徊模擬訓練で声かけを実践できる地域もある
各地の自治体では認知症高齢者徘徊模擬訓練やひとり歩きやさしい声かけ訓練といった取り組みも行われています。認知症の本人役を演じるスタッフが地域を歩き回り、参加した住民がそれを見つけて実際に声をかける体験を通じて、警察への捜索願の届出方法や本人を驚かせない声かけの仕方を学びます。こうした訓練が開催されている地域なら、参加してみることで、いざというときに地域の協力を得やすくなるでしょう。
デイサービスと小規模多機能型で日中の活動量を確保する
家族がどうしても目を離さざるを得ない時間帯は出てきます。そうしたときは介護保険サービスを活用し、家族自身が休む時間を確保することも、在宅介護を長く続けるためには欠かせません。デイサービス(通所介護)は日帰りで施設に通い、食事や入浴、機能訓練、レクリエーションなどの支援を受けるサービスです。日中を安全に過ごして生活リズムを整えることで、夜間の落ち着きや安眠につながる場合があり、日中の活動量が増えることで夕暮れ症候群のようなソワソワした状態が和らぐケースも報告されています。小規模多機能型居宅介護は、通いを中心に状況に合わせて泊まりや訪問を組み合わせて利用できるサービスです。家族が見守れない日に泊まりを利用するなど柔軟な使い方ができ、同じ事業所のスタッフが継続的に関わるため、本人にとっても環境の変化が少なく安心感を得やすいという利点があります。
夜間対応型訪問サービスは夜間の外出リスクに備える
夜間の見守りが難しい場合には、夜間の巡回や緊急時の対応を行ってくれる夜間対応型訪問介護や、定期巡回・随時対応型訪問介護看護もあります。夜間に外出しようとする、あるいは体調の急変が心配といったケースでは、こうした夜間対応サービスの利用を検討する価値があるでしょう。地域や要介護度によって利用条件や費用、助成の有無が異なるため、担当のケアマネジャーや地域包括支援センターに相談することが最初の一歩になります。
レスパイトケアは家族が休むための仕組みとして欠かせない
介護保険サービスの活用は、本人のためだけでなく介護する家族自身のためでもあります。レスパイトとは休息や息抜きを意味する言葉で、在宅で家族を介護している人が一時的に介護から離れて休息をとれるようにする支援をレスパイトケアと呼びます。高齢化が進む日本では老老介護や介護疲れが社会的な問題となっており、介護を担う家族が心のバランスを崩してしまうケースも少なくありません。デイサービスやショートステイ、小規模多機能型居宅介護の泊まり機能などは、時間単位の利用から宿泊を伴うものまで幅広く展開されており、家族の体調不良時など緊急の場面でも利用できます。介護者が日頃の疲れを癒やせる、本人にとっても気分転換になる、介護者と本人が共倒れになる事態を防げるといった利点があります。休むことを後ろめたく感じる家族も少なくありませんが、休息を取ることは長く安定した在宅介護を続けるために欠かせない要素です。
外出しようとする母親への声かけは短く区切って穏やかに伝える
環境面の対策と合わせて、本人が外に出ようとしているときや外出先で発見したときの声かけも重要な要素です。認知症の方は複数の情報を同時に処理することが難しくなっている場合が多く、長い説明や一度に複数の指示を伝えるとかえって混乱を招いてしまいます。ひとつずつ、相手の反応を見ながら短く区切って話しかけることが基本です。声のトーンにも配慮が必要で、穏やかで優しい口調を心がけ、本人が安心できる雰囲気をつくります。「どこに行くの」「勝手に出ないで」といった問い詰めるような言葉は、本人にとって責められているように感じられ、かたくなに外出を続けようとする原因になりかねません。
トイレに行ってからなど気持ちをいったん逸らす言葉が役立つ
実際に外出しようとしている場面では、本人の目的を否定せず、いったん気持ちを別の方向に向けてもらう声かけが役立つとされています。「トイレに行ってからにしましょうか」「お茶を入れたので飲んでいきませんか」というように、行動を止めるのではなく、いったん立ち止まってもらうきっかけをつくる言葉です。森下さんが母親を車でドライブに連れ出すことで落ち着いた日があったのも、外出したいという気持ちそのものを否定せず、別の形で満たしてあげた結果と捉えられるでしょう。
感情的に責めると外出行動がエスカレートしやすい
感情的に責めたり怒ったりすることは避けなければなりません。認知症の方は出来事の詳細を忘れてしまっても、怒られたという不快な感情だけが残りやすいといわれています。この不快感が積み重なると家族への不信感が募り、外出行動がかえってエスカレートしてしまうことがあります。体調不良や睡眠不足が続くと不安感が強まり、外出したいという気持ちが強くなる傾向もあるため、デイサービスの利用などで日中の活動量を確保し、規則正しい生活リズムを保つことも行動面の落ち着きにつながります。声かけの基本は、本人がなぜ外に出ようとしているのか、その目的を理解しようとすることに尽きるといえます。「仕事に行かなければ」という言葉の背景には、かつて責任感を持って働いていた本人の記憶や誇りが関係していることもあるでしょう。うまくいく声かけは家庭によって異なるため、いくつかのパターンを試しながら本人に合った関わり方を見つけていくとよいでしょう。
地域包括支援センターは要介護認定前の段階からでも相談できる
森下さんも限界を感じた際に地域包括支援センターへ電話で相談したことがきっかけとなり、具体的な対策につながっていきました。地域包括支援センターは高齢者やその家族からの相談を幅広く受け付ける公的な窓口で、介護保険サービスの利用方法や地域独自の見守り制度についての情報を得られる相談先です。保健師や社会福祉士、主任介護支援専門員(主任ケアマネジャー)といった専門職が配置されており、「最近、親の物忘れが激しく認知症かもしれない」「要介護認定はどうやって受けたらいいのか分からない」といった初期段階の相談にも応じてもらえます。
ひとり歩きが心配な場合には、GPS機能を持つ探索機器の貸与や紹介、手続きのサポートを受けられることもあります。同じ悩みを持つ人たちが集まる交流会を開催しているセンターや、認知症サポーター養成講座を実施している地域もあり、同じ立場の家族と経験を共有できる場があることも精神的な支えになるでしょう。「まだ介護保険の申請をしていない」という段階でも、まずは相談してみることで利用できる制度やサービスの選択肢が見えてきます。
森下さんの場合は、ケアマネジャーと相談したうえで徘徊感知機器とGPS端末を導入し、あわせてデイサービスも利用し始めました。その結果、母親は日中を活動的に過ごせるようになって生活リズムが整い、落ち着いて過ごせる日が増え、森下さん自身も少しずつ眠れるようになったといいます。
対策は自宅の工夫とGPSと地域と介護保険を組み合わせて考える
これまで紹介してきた対策は、自宅内の工夫、外出時の備え、地域のネットワーク、介護保険サービスの四つに整理できます。それぞれ役割が異なるため、どれかひとつを選ぶのではなく、家庭の状況や本人の状態に応じて組み合わせることが望ましいといえます。
| 分類 | 具体例 | 主な役割 |
|---|---|---|
| 自宅内の工夫 | センサーチャイム、補助錠、徘徊感知機器 | 異変にいち早く気づく |
| 外出時の備え | GPS端末 | 外出後すぐに居場所を把握する |
| 地域のネットワーク | 認知症高齢者SOSネットワーク、見守りシール | 地域の目で早期発見につなげる |
| 介護保険サービス | デイサービス、小規模多機能型、夜間対応型訪問サービス | 生活リズムを整え家族の負担を減らす |
日中は家族が仕事で不在にしがちな家庭であれば、デイサービスの利用とあわせてGPS端末を導入することで、外出時のリスクに備えつつ生活リズムも整えられます。夜間の外出が心配なケースでは、玄関のセンサーチャイムや徘徊感知機器に加え、夜間対応型のサービスを検討するとよいでしょう。
対策を導入する際には、本人の尊厳やプライバシーへの配慮も忘れてはなりません。監視するような形にならないよう、本人の安全を守るための備えであることを可能な範囲で本人にも伝え、理解を得ながら進めていくことが望ましいとされています。認知症の症状の進行度によっては本人の理解が難しい場面もありますが、家族だけで判断せず、ケアマネジャーなど専門職の助言を受けながら、本人にとって無理のない形を探っていくことが大切です。
認知症に伴うひとり歩きを家族の力だけで完全に防ぐことは難しいものです。だからこそ、家の中でできる工夫や万が一に備える見守りアイテム、地域や介護保険サービスを組み合わせていくことが対策の土台になります。ひとりで悩みを抱え込むと心身ともに疲弊し、介護そのものを続けることが難しくなってしまいます。身近な相談窓口に一歩を踏み出してみることが、状況を変える大きなきっかけになるはずです。外出行動そのものをゼロにすることは難しくても、起きたときにすぐ気づける仕組み、万が一のときにすぐ発見できる仕組み、日中を安心して過ごせる環境の三つを段階的に整えていけば、事故や行方不明のリスクは着実に減らせます。








