終活を考えるとき、預貯金や不動産の整理には目が向いても、Suicaやnanaco、PayPayといった電子マネーの残高までチェックする人は少ないでしょう。結論から言うと、前払い型の電子マネーの残高は原則として相続財産に含まれ、相続人が申請すれば払い戻しを受けられます。決済方式ごとの扱いの違い、サービスごとの払い戻し手続き、相続税の評価方法まで、家族が慌てないために知っておきたい内容を2026年07月22日時点の情報として整理します。キャッシュレス決済が日常に定着した今、通帳のように形に残らないこの「見えない残高」こそ、終活で棚卸ししておく価値があります。

電子マネーの残高は決済方式によって相続財産になるかが分かれる
電子マネーの残高がすべて一律に相続の対象になるわけではありません。決済の仕組みによって扱いが大きく変わるためです。
前払い型、いわゆるプリペイド型は、あらかじめ現金をチャージし、その範囲内で買い物や乗車に利用する仕組みです。SuicaやPASMO、ICOCAといった交通系ICカード、WAONやnanacoなどの流通系電子マネー、PayPayやau PAY、d払いのチャージ残高がこれに当たります。利用者がすでに現金を事業者に預けている状態に近いため、法律上は金銭債権に近い性質を持ち、原則として相続財産に含まれます。
即時払い型はデビットカードのように利用と同時に口座から引き落とされる仕組みで、残高という概念そのものが存在しません。相続の対象になるものはないと考えて差し支えないでしょう。
後払い型はクレジットカード一体型の電子マネーなどで、利用分を後日まとめて請求されます。プラスの残高が発生することは基本的になく、未払いがあればそれは資産ではなく相続人が引き継ぐ債務になります。
終活や相続の場面で本当に確認すべきなのは、前払い型電子マネーのチャージ残高だということが、ここまでの整理から見えてきます。
Suicaは死亡診断書と本人確認書類の郵送で払い戻しに対応
JR東日本のSuicaは、利用者本人が亡くなった場合でも、相続人からの申請によって払い戻しを受けられます。専用の申請フォームや窓口を通じて死亡による払い戻しを希望する旨を申し出て、死亡診断書や除籍謄本など死亡を証明する公的書類のコピーと、代理で返金を受ける人の本人確認書類のコピーを郵送し、審査を経て払い戻しが実行される流れです。
払い戻される金額は、チャージ残高から事務手数料220円程度を差し引き、カード購入時のデポジット500円を加えた額になるのが一般的です。ただし、個人情報を登録していない無記名式Suicaの場合は名義人を特定できないため、相続人であることの証明が難しく、払い戻しが困難になるケースがある点には注意が必要です。
PASMOとICOCAも相続人申請で残高を返金できる
首都圏の私鉄・バス事業者が発行するPASMOも、考え方はSuicaとほぼ同じです。会員本人が亡くなった場合、専用の申請フォームから手続きを始め、死亡証明書類と代理人の本人確認書類のコピーを提出すればチャージ残高の払い戻しを受けられます。モバイルPASMOはアプリ上のサポート窓口経由の対応になるため、必要書類を事前に問い合わせ窓口へ確認しておくと手続きがスムーズです。
JR西日本のICOCAや、manacaなど他の交通系ICカードについても、相続人からの申請で払い戻しに応じる運用がとられていることが多いようです。ただし対応窓口やスピード、必要書類の細かい違いは事業者ごとに異なるため、故人が主に使っていたカードを確認したうえで、各社のカスタマーサポートに個別に問い合わせるのが確実です。
WAONは発行元によって払い戻しの可否が変わる
イオングループが発行するWAONは、イオン銀行を窓口に相続手続きを行うことで残高の返金を受けられる場合があります。注意したいのは、WAONはイオンだけでなく三井住友カードなど提携先の金融機関もそれぞれ独自にWAON一体型カードを発行している点です。発行元によって払い戻しの可否や手続き方法が異なり、提携カード発行会社によってはチャージ残高の返金に対応していない場合もあります。故人が使っていたWAONがどこの発行によるものかを確認することが最初の一歩になります。
nanacoは規約上「原則払い戻し不可」の立場を取る
セブン&アイグループのnanacoは、他の電子マネーと比べてやや扱いが複雑です。以前の利用規約には、利用者が死亡した場合は残高がゼロとなり払い戻しは行われない趣旨の条文があったとされていますが、現在はその条文が削除されているという情報もあります。とはいえ公式に「死亡時は必ず払い戻しに応じる」と明記されているわけではないため、可否や具体的な手続きは運営元のセブン・カードサービスのお問い合わせセンターへ直接確認する必要があります。契約者が亡くなった旨を伝え、案内に従って所定の手続きを進める形になります。nanacoは規約上、払い戻しに慎重な立場を取っているサービスであることを踏まえ、過度な期待をせず個別に確認する姿勢が欠かせません。
PayPayは規約上、相続対応を明確にしている数少ないサービス
PayPayの利用規約には、利用者に相続が発生しPayPay残高アカウントにPayPayマネーまたはPayPayマネーライトの残高が残っていた場合、法令に定める例外事由等を考慮したうえで、正当に相続または承継すると確認した者に対し、振込手数料を控除した額を振り込む旨が明記されています。死亡時の相続・払い戻しに対応する姿勢を規約上はっきりさせているサービスの一つと言えるでしょう。
具体的な手続きとしては、まずカスタマーサポートに連絡し、口座名義人が亡くなった旨を伝えてアカウントの利用停止手続きを行います。その後、案内に沿って必要書類を提出する流れです。一般的に求められる書類には、除籍謄本や戸籍謄本など死亡が確認できる書類、請求者が登録者の相続人であることが分かる戸籍謄本一式、法務局発行の認証文付き法定相続情報一覧図の原本、登録者本人の名前や番号が記載された携帯契約書や請求書などが挙げられます。これらの提出後に審査が行われ、完了するとアカウントが解約され、手数料を差し引いた残高が相続人の口座へ振り込まれます。
au PAYやd払い、楽天ペイなど他のQRコード決済についても、基本的な考え方はPayPayと同様で、各社カスタマーサポートへの連絡と必要書類の提出が求められるのが一般的です。サービスごとに規約や運用が異なるため、故人が利用していたサービスの公式サイトやサポート窓口で最新情報を確認する必要があります。
払い戻し手続きで共通して求められる書類は4種類に整理できる
サービスによって細部は異なるものの、電子マネーの死亡時払い戻し手続きでは、おおむね次のような書類が求められる傾向にあります。
一つ目は利用者本人の死亡を証明する書類で、死亡診断書のコピーや、死亡の記載がある戸籍謄本、除籍謄本などが該当します。二つ目は請求者が法定相続人であることを証明する書類です。故人の出生から死亡までの連続した戸籍謄本一式、または法務局が発行する法定相続情報一覧図の写しが多く用いられ、後者は近年、相続手続き全般で活用が広がっています。一覧図を一度取得しておけば複数の金融機関や電子マネー事業者への提出に使い回せるため、手続き全体の負担を軽くできます。三つ目は請求者本人の本人確認書類で、運転免許証やマイナンバーカードなどのコピーが一般的です。四つ目は故人がそのサービスの契約者・利用者であったことを示す資料で、携帯電話の契約書や利用明細、カードの現物などが該当する場合があります。
これらの書類を郵送またはオンラインで提出し、事業者側の審査を経て払い戻しが実行されるという流れは、多くの電子マネーサービスに共通しています。審査には数週間から一ヶ月以上を要するケースも珍しくないため、時間に余裕を持って手続きを進めることが大切です。
電子マネーの残高は少額でも相続税の課税対象になる
見落とされがちですが、非常に重要なのが税務上の扱いです。前払い型電子マネーの残高は、死亡日時点で故人が保有していた財産として扱われ、相続税の課税対象に含まれます。
評価方法はシンプルで、電子マネーの残高は現金や預貯金と同じく額面どおりに評価されます。残高が1万円であれば1万円、10万円であれば10万円がそのまま相続財産としての評価額になり、申告書上は「現金」または「手許現金」といった項目にまとめて計上されるのが一般的です。
ここで押さえておきたいのは、「少額だから申告しなくてよい」という特例は電子マネーには存在しないという点です。相続税には基礎控除額(3,000万円+600万円×法定相続人の数)があり、遺産総額がこの範囲内であれば申告自体が不要になりますが、それはあくまで遺産全体の合計額で判断されるものです。電子マネーの残高が数千円や数万円程度の少額でも、他の預貯金や不動産と合算した結果、基礎控除額を超えれば申告義務が生じます。電子マネー単体の金額の大小にかかわらず、死亡日時点の残高を正確に把握し、他の財産と合わせて記録しておく必要があるということです。実務では、死亡日時点でのアプリの残高表示のスクリーンショットや利用明細の履歴を保存しておくことが、正確な評価額を算出するうえで有効とされています。
無記名式カードは相続人であっても払い戻しが難しくなる
電子マネーの相続・払い戻しには、いくつか典型的なつまずきポイントがあります。
一点目は無記名式カードの扱いです。交通系ICカードの中には、購入時に個人情報を登録しない無記名式のカードがあります。この場合、そもそも誰が名義人であったかを客観的に証明できないため、相続人であっても払い戻しを受けるのが難しくなる傾向があります。故人が普段使っていたカードが記名式か無記名式かを確認しておくことは、後の手続きのしやすさに直結します。
二点目は、サービスによって払い戻し方針が異なる点です。PayPayのように規約上明確に相続対応を謳うサービスもあれば、nanacoのように払い戻しに慎重な姿勢を取るサービスもあります。電子マネーだから当然お金に換えられると思い込まず、サービスごとに個別確認する姿勢が欠かせません。
三点目は手続きにかかる時間と手間です。戸籍謄本一式や法定相続情報一覧図の取得には市区町村役場や法務局への申請が必要で、それ自体に日数がかかります。複数の電子マネーを利用していた場合はそれぞれの事業者に個別に書類を提出し、審査を待つ必要があるため、想定以上に手間と時間がかかるものと考えておくべきでしょう。
四点目は、家族が電子マネーの存在自体に気づかないケースです。スマートフォンにロックがかかっていて中身を確認できない、故人がどのアプリを使っていたか誰も知らない、といった状況では、残高があること自体が発見されないまま放置されてしまう可能性があります。相続税の申告漏れにつながりかねない、見過ごせないリスクです。
相続放棄を検討する場合は残高を使ってはいけない
電子マネーに関する手続きで意外と見落とされがちなのが、相続放棄との関係です。故人に借金などの負債があり、相続人が相続放棄を検討している場合、電子マネーの残高の扱いには特に慎重さが求められます。
民法上、相続人が相続財産の一部でも自分のために処分してしまうと単純承認をしたとみなされ、原則としてその後は相続放棄ができなくなります。これは電子マネーについても例外ではありません。故人のスマートフォンに残っていたPayPayやSuicaの残高を家族が生活費や買い物に使ってしまったり、ポイントを自分のアカウントに移行してしまったりすると、遺産の私的な処分とみなされ、単純承認が成立したと判断されるおそれがあります。
単純承認が成立してしまうと、後から故人に多額の負債があったことが判明しても、相続放棄によってその負債から逃れることはできなくなります。相続放棄を選ぶ可能性が少しでもある場合は、遺産分割協議や相続放棄の判断が固まるまで、電子マネーの残高を消費したり移動したりする行為は避けるべきです。故人のスマートフォンやアプリのロックを解除して残高の有無を確認すること自体は問題ないとされていますが、確認にとどめ、実際に残高を使ってしまわないよう注意する必要があります。
相続放棄や限定承認の申述は、相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時から原則として3ヶ月以内に家庭裁判所へ行う必要があります。負債の有無がすぐに分からない場合でも、この期限を意識しながら電子マネーを含む財産全体の調査を進めることが望まれます。
スマホのロックが解除できず残高確認すら進まないケースがある
電子マネーの多くはスマートフォンのアプリを通じて管理されているため、故人のスマートフォンのロックを解除できなければ残高の確認すらできないという根本的な問題があります。パスワードや生体認証の情報が分からず、家族の誰も解除できないまま放置されてしまうケースは少なくありません。
携帯電話会社に相談しても、契約者本人が設定したロック解除のパスワードを会社側が知る術はないため、基本的に代わりに解除してもらうことはできません。どうしても解除が必要な場合はデータ復旧の専門業者に依頼する方法もありますが、費用が高額になりやすく、解析に数週間から場合によっては1年近くかかることもあるとされています。結果として、電子マネーの残高が数千円程度であれば解析費用の方が高くついてしまい、事実上手続きを断念せざるを得ないという事態も起こり得ます。
こうした事態を避けるためにも、生前のうちにスマートフォンのロック解除方法や主要なアプリのログイン情報を、家族の誰かが分かる形で残しておくことの重要性が改めて浮き彫りになります。
遺産分割協議前に残高を使うと他の相続人との紛争に発展しかねない
複数の相続人がいる場合、電子マネーの残高について「少額だから」「誰も気にしないだろう」と考え、相続人のうちの一人が遺産分割協議の前に勝手に使ってしまうケースも報告されています。しかし電子マネーの残高も他の相続財産と同様、正式に遺産分割協議で誰がどのように取得するかが決まるまでは、相続人全員の共有財産として扱われるのが原則です。
一人の判断で先に使ってしまうと、後になって他の相続人との間で「勝手に遺産を処分した」として紛争に発展するおそれがあります。金額の大小にかかわらず、電子マネーの残高についても他の財産と同様、まずは正確に把握し、相続人間で情報を共有したうえで、誰がどのように払い戻し手続きを進めるかを話し合ってから対応することが望ましいでしょう。
エンディングノートへのサービス一覧化が生前対策の第一歩になる
こうしたトラブルを防ぐには、本人が元気なうちに準備をしておくデジタル終活の視点が重要になります。
まず基本となるのが、自分がどの電子マネーやキャッシュレス決済サービスを利用しているかを一覧化しておくことです。エンディングノートや専用のメモに、利用しているサービス名、おおよその残高、ログインに使うID、アプリのロック解除方法などを記録しておくと、家族が状況を把握しやすくなります。パスワードそのものをそのまま書き残すことにセキュリティ上の抵抗がある場合は、パスワード管理アプリのマスターパスワードの保管場所だけを伝えておく、信頼できる家族や専門家にのみ共有する、といった工夫も有効です。
次に大切なのが記録の定期的な見直しです。電子マネーの利用状況やチャージ残高は日々変動します。エンディングノートに記載した内容は一度書いたら終わりではなく、半年に一度、あるいは年に一度など決まったタイミングで見直し、更新日を明記しておくとよいでしょう。これにより家族が「この情報はいつ時点のものか」を判断しやすくなり、混乱を防げます。
使わなくなった電子マネーやアプリについては、生前のうちに解約したり残高を使い切ったりしておくことも実務的には有効な対策です。利用頻度の低いサービスを整理し、本当に必要なものだけに絞っておくことで、万一のときに家族が確認すべき対象を減らせます。
家族との日頃のコミュニケーションも欠かせません。書面に残すだけでなく、「主にこのアプリを使っている」「このカードには多めにチャージしている」といった情報を機会があるときに口頭でも共有しておくと、いざというときに家族が迷わず動きやすくなります。
迷ったら弁護士や税理士より先に事業者のサポート窓口を確認する
電子マネーの相続手続きは各サービスへの個別対応が中心となるため、一般的な預貯金の相続手続きに比べて情報が少なく、家族だけで進めようとすると迷いやすい分野です。少しでも判断に迷う場合は、専門家の力を借りることも検討に値します。
相続財産全体の分け方や遺産分割協議書の作成については弁護士や司法書士が、相続税の申告や電子マネーを含む財産評価については税理士が、それぞれ専門的な立場から助言してくれます。近年は相続専門を掲げる法律事務所や税理士法人も増えており、電子マネーやデジタル遺産の取り扱いに関する相談実績を持つところも珍しくありません。特に、故人に負債があり相続放棄を検討している場合や、相続人同士で電子マネーの取り扱いについて意見が分かれている場合は、早い段階で専門家に相談することで、単純承認の成立といった取り返しのつかない事態を避けやすくなります。
各電子マネー事業者のカスタマーサポート自体も、まず相談すべき窓口です。手続きに必要な書類は事業者ごとに細かく異なり、公式サイトの案内だけでは分かりにくい場合もあるため、電話やオンラインの問い合わせフォームから故人の状況を伝えたうえで、個別に必要書類を確認するのが、遠回りに見えて結果的に最も確実な方法です。
電子マネーの残高は、キャッシュレス決済が一般化した今、預貯金や不動産と並ぶ見落とされがちな相続財産になりつつあります。前払い型のSuicaやPASMO、WAON、PayPayなどのチャージ残高は原則として相続の対象となり、死亡時には各事業者が定める手続きに沿って相続人が払い戻しを請求できます。一方でサービスごとに必要書類や対応方針が異なり、無記名式カードのように払い戻しが難しいケースもあるため、事前の情報整理が重要です。
電子マネーの残高は金額の大小にかかわらず相続税の課税対象となる点も見逃せません。少額だからと安心せず、他の財産と合わせて正確に記録しておく必要があります。終活の一環として、自分が利用している電子マネーやキャッシュレスサービスを棚卸しし、エンディングノートなどに情報を残しておくことは、残される家族の負担を大きく減らすことにつながります。デジタル化が進むほど、こうした見えにくい資産への備えの重要性は増していくでしょう。今のうちから少しずつでも整理を始めておくことをおすすめします。
電子マネーの相続は、金額の多寡にかかわらず気づかれにくいという点が最大の特徴です。預貯金であれば通帳やキャッシュカードという物理的な手がかりが残りますが、電子マネーはスマートフォンの画面の奥に存在する残高であり、家族が意識的に確認しない限りその存在自体が見過ごされてしまいます。本人が元気なうちに見える化しておくこと、そして家族との間で最低限の情報共有をしておくことが、他のどの相続財産にも増して重要になります。終活を考えるタイミングで、預貯金や不動産の整理と合わせて、電子マネーの棚卸しも進めてみてください。








