人生の最終段階を自分らしく迎えるために、リビングウィル(終末期医療の事前指示書)への関心が高まっています。高齢社会が進む中、突然の病気や事故で意思表示ができなくなった場合に備え、あらかじめ自分が望む医療・ケアの内容を文書で示しておくことの重要性が増しています。リビングウィルは「いのちの遺言状」とも呼ばれ、回復の見込みがなく死期が迫っている場合や、意思決定・意思表明ができなくなった場合に、本人の希望を家族や医療者に伝える重要な手段です。しかし、日本では法的整備が十分ではないため、どのように書けばよいのか、どう家族に伝えればよいのか、医療現場で確実に活用してもらうにはどうすればよいのかなど、多くの疑問があります。本記事では、リビングウィルの基本的な理解から具体的な作成方法、家族との共有方法、実際の活用まで、2025年最新情報に基づいて詳しく解説します。

リビングウィルとは何ですか?日本での法的効力はどうなっていますか?
リビングウィル(Living Will)とは、直訳すれば「生前の意思・遺言状」で、「人生の最終段階における医療についての意思表明書」のことです。具体的には、回復の見込みがなく死期が迫っている場合や、突然の事故などで意思決定・意思表明ができなくなった場合に備え、あらかじめ自分が望む医療・ケアの内容や望まない治療を文書で示しておくものです。
日本における法的地位について、結論から言えば、2025年現在、日本にはリビングウィル(尊厳死)に関する具体的な法律は制定されておらず、明確な法的拘束力はありません。延命治療の中止や尊厳死に直接言及した法律がないため、リビングウィル自体に法的効力(法的強制力)はないというのが一般的な解釈です。
しかし、「法律がない=全く効力がない」というわけではありません。日本国憲法13条の幸福追求権などに基づき、終末期における延命治療を拒否する自己決定権は国民の基本的人権の一つだと解されています。実際、いくつかの裁判例において患者本人の意思に基づく治療中止(尊厳死)が容認されており、法整備はなくとも司法判断の積み重ねによって一定の法的根拠が築かれてきました。
厚生労働省のガイドラインも重要な指針となっています。2007年に策定され2018年に改訂された「終末期医療の決定プロセスに関する指針」では、患者本人と医療・ケアチームが十分に話し合い、本人の意思決定を基本としてケア方針を決めることが重要だと示されています。このガイドライン自体には法的強制力はありませんが、現場の標準的な指針として医療者に広く共有されており、リビングウィルを含むアドバンス・ケア・プランニング(ACP)の重要性が国の方針として示されています。
現場での実態を見ると、法的拘束力はないものの、リビングウィルは事実上尊重されるケースがほとんどです。日本尊厳死協会の調査によれば、患者がリビングウィル(尊厳死の宣言書)を医師に提示した場合、医師の約9割が延命治療を行わないという患者の意思を受け入れているとのことです。このように、リビングウィルは法律上の強制力こそ無いものの、医療現場では患者の自己決定権を尊重する観点から重く受け止められているのが実態です。
リビングウィルの具体的な書き方と必要な内容を教えてください
リビングウィルには決まった様式や法律上の要件はありませんが、以下の内容を含めることが望ましいとされています。
基本的な記載内容:
- 延命治療を希望しない旨(心肺蘇生や人工呼吸器、経鼻胃管による栄養補給などの延命措置はしないでほしい)
- 緩和ケアの希望(痛みや苦痛を和らげる処置は可能な限り行ってほしい)
- 尊厳死を望むに至った理由(「過度な延命よりも自然な最期を迎えたい」「尊厳を保ちたい」という本人の思い)
- 家族も同意していることの確認(家族と話し合い済みであり、家族も本人の意思を尊重することに同意している旨)
- 医師への責任免除の意思(主治医が本人の希望に沿って延命措置を中止・不開始としても、法的・倫理的に責めないことを明記)
- 撤回しない限り有効であることの宣言(本書の内容は本人が意思を撤回しない限り有効であることを明記)
具体的な書式について、白紙の用紙に自分で書いて署名するだけでも有効ですが、テンプレートの活用が便利です。日本尊厳死協会の会員になると同協会の標準書式(3項目のチェック方式)が提供されますし、各自治体や病院、民間企業からもテンプレートが提供されています。
作成形式の選択肢:
- 自筆での作成:白紙に手書きで記入し、署名・押印
- テンプレート利用:チェックボックス形式で選択し、署名
- 公正証書:公証役場で公証人に作成してもらう(費用は数万円程度)
- 電子化対応:一部団体ではQRコードでスマートフォンから確認できる仕組みも
信頼性を高める工夫として、2017年から日本尊厳死協会では署名の立会人欄や代理人(代諾者)欄を追加しています。立会人は「本人が自分の意思でリビングウィルを作成したこと」を証明する人で、本人の判断能力や意思の自主性を補強する役割があります。代諾者とは、本人が意思を伝えられない状況になったときに代わりに意思を伝える人で、主に家族から選んでおきます。
重要なことは、「書いた」だけで満足せず、それをきちんと関係者が確認できる状態にしておくことです。書面を複数用意し、主な家族全員、主治医、かかりつけの病院などに配布しておくことが推奨されます。また、定期的に内容を見直し更新することも大切で、状態や価値観の変化に応じて書き直し、関係者にも最新版を再配布する必要があります。
家族にリビングウィルをどのように伝え、理解してもらえばよいですか?
リビングウィルは本人のための文書であると同時に、家族のための文書でもあります。医師から「延命措置を続けるべきか」など究極の選択を迫られたとき、家族だけで決断を背負うのは大変重い負担です。本人が生前に意思を示しておけば、家族は「本人が望んだことだから」と迷いを減らすことができ、家族や医療者の心理的負担を軽減できます。
家族との話し合いの進め方:
1. 切り出すタイミングを選ぶ
突然深刻な話をすると身構えさせてしまう可能性があります。新聞やテレビで見た終末期医療の話題、知人のお見送りの経験、自分の退職や子どもの独立など人生の節目の時期など、何か関連するタイミングで「そういえば…」と切り出すと良いでしょう。「実はエンディングノートを書いてみてね…」などソフトな導入も効果的です。
2. 自分の思いを素直に話す
家族には遠慮せず本心を伝えましょう。「もし私が延命治療で苦しむような状況になったらどうしたいか、考えているの」といった具合に、自分はどうありたいかを具体的に話します。ポイントはネガティブに「○○は絶対嫌だ」ではなく、「できれば○○をして穏やかに過ごしたい」というポジティブな希望の形で伝えることです。
3. 家族の気持ちも聞く
本人だけでなく、家族自身も最期を看取る覚悟や不安があります。「あなた達には辛い思いをさせるかもしれないけれど、どう思う?」と尋ねてみましょう。家族から「延命しない選択をするのは怖い」といった本音が出たら、一緒に情報を集めたり医師に相談したりして不安を和らげます。双方向の対話が大事です。
4. 書面を見せて具体的に確認
口頭で概略に合意できたら、実際にリビングウィルの文案やテンプレートを示してみます。「ここに人工呼吸器は望まないってチェックするけど、それでいいよね?」と家族に確認しながら書くことで、家族も一緒に作成に関与できます。署名欄があれば家族にもサインをお願いしましょう。
5. 感謝と安心を共有する
話し合いの最後には「聞いてくれてありがとう。話せて安心した。」と伝えます。家族も「大事な話をしてくれてありがとう」と感じるでしょう。こうしておけば、たとえ数年後に状況が訪れたとしても、家族は「あのとき話したから大丈夫」と落ち着いて対応できるはずです。
専門家の力も活用しましょう。家族だけで話すのが難しい場合、各地の在宅医療支援センターや地域包括支援センターでは、ACPの相談に乗ってくれる看護師やケアマネジャーがいます。また、かかりつけ医がいる場合は「家族に話したいが同席してもらえますか?」と頼めば、医師から医療的観点の説明をしてもらえることもあります。第三者が入ることでかえって家族も冷静に聞けるというメリットがあります。
継続的な対話が重要です。家族との事前相談は一回限りではありません。ACPとは「繰り返し話し合うプロセス」であり、人生の状況の変化に応じて何度でもアップデートしていくものです。臆せず、そして根気強く対話を続けることで、家族の絆を深め、いざというときに悔いのない選択へとつながっていくでしょう。
医療現場でリビングウィルを確実に活用してもらうにはどうすればよいですか?
リビングウィルを書いたら、それを医療の現場で活かすことが肝心です。理想的には、入院や施設入所のタイミングで主治医やケアチームにリビングウィルのコピーを渡し、カルテ(診療記録)に保管してもらうのが望ましいです。そうしておけば万一状態が悪化して本人が意思表示できなくなった場合でも、医療者は事前の意思表示を確認し、それに沿った治療方針をとることができます。
かかりつけ医との事前相談も重要です。平時から相談しておくことで、医師サイドも事前に患者の希望を把握してケアプランに反映できますし、いざという時に医療者間で情報共有しやすくなります。「患者さんがリビングウィルを持っているらしいが内容を知らない」という状態では活かせないので、信頼する主治医や看護師には事前に直接見せて説明しておくと良いでしょう。
本人の意思を確実に尊重してもらう工夫:
家族全員との事前共有
特定の家族だけが知っている状態では、いざという時に他の親族から異論が出る恐れがあります。できれば家族会議を開き、本人の希望を全員で共有しましょう。家族が納得し理解してくれていれば、医師への説明や同意もスムーズになります。
書面の複数配布
原本は本人が保管するとしても、コピーを主な家族全員、主治医、かかりつけの病院などに渡しておきましょう。特に同居家族や緊急連絡先の家族には携帯してもらうくらいの気持ちで共有しておくと安心です。
意思表示カードやキットの活用
自治体によっては「救急医療情報キット」(ご家庭の冷蔵庫に入れておき、救急隊が確認するもの)にリビングウィルを入れておけるようになっています。また「延命措置拒否カード」などを携帯し、意識不明の際にすぐ分かるようにしている人もいます。
ACP面談の実施
介護施設に入所する際や在宅医療開始時には、ACP面談(人生会議)の場を持つことが推奨されています。そこでリビングウィルの内容について医師・看護師・ケアマネジャーらと話し合い、ケア方針書に盛り込んでもらうようにします。本人・家族・医療者が一堂に会する話し合いの機会を持つことが、実務上もっとも確実に本人の意思を反映させる手段です。
定期的な見直しと更新
人の気持ちは変わり得ます。実際に病気になったら考えが変わるかもしれません。状態や価値観の変化に応じて書き直し・更新することが大切です。定期健診のたび、誕生日のたびなど節目ごとに家族と再確認し、必要なら新しい日付で作り直しましょう。その際、古いものは破棄し、関係者にも最新版を再配布します。
医療者への配慮
現状では、「延命治療中止=医師が殺人罪に問われるのでは」という不安が医療者側に残っています。法律で「延命中止は罪に問わない」と明確化されていないため、現場の医師は家族の同意や証拠書類の有無に非常に神経を使っています。だからこそ、本人の明確な意思表示と家族の同意という二本柱があれば、医師にとっても「患者さんとご家族が望むことだから」と治療方針を転換しやすくなります。遠慮せず「私のリビングウィルをカルテに入れておいてください」と積極的に頼むことも大切です。
リビングウィルの効力を担保し、トラブルを防ぐための注意点は何ですか?
リビングウィルを書いた後にトラブルを防ぎ、確実に効力を発揮させるための重要なポイントがあります。法的拘束力がない中でも、以下の工夫により実効性を高めることができます。
最新の内容を維持する
リビングウィルは何度でも書き直し可能です。体調の変化や家族状況の変化などに応じ、内容を見直したら必ず日付を更新し署名し直しましょう。最新版のみが有効であることを明確にし、旧版は破棄します。特に法的トラブルになりやすいのは「どれが本当に本人の最終意思か曖昧」なケースなので、日付と署名で意思確定の時期を示すことが大切です。
署名の形式と証人
自筆の場合、本人署名・押印は基本です。可能であれば第三者(家族以外)の立会人署名をもらうと信頼性が上がります。公証人役場で作成すれば公証人が公式に認証してくれます。署名者の判断能力を後で疑われないよう、書いた当時に意思能力があったことを示す工夫(立会人コメントや医師の同意欄など)も有用です。
法的文言の工夫
リビングウィルそれ自体は法的書面ではありませんが、内容に法律用語やエビデンスを織り交ぜることで効力を補強できます。例えば「私は延命目的の治療中止を選択する権利(憲法13条に基づく自己決定権)を行使します」と明記したり、「◯年◯月◯日◯◯病院の主治医◯◯医師とACP面談を行い、本書の内容について説明・了承いただいています」など具体的事実を書くことも考えられます。
公的機関への登録
日本ではまだ統一的なリビングウィル登録制度はありませんが、尊厳死協会など民間団体に登録しておくことは有益です。協会は有事の際に家族や医療者からの照会に応じて意思を伝達する仕組みを持っています。また、一部自治体では介護保険のケアプランに本人の意思欄を設けたり、保健所で事前指示書を保管する試みもあります。自分の自治体のサービスを調べ、利用できるものは活用しましょう。
医療者とのコミュニケーション記録
主治医にリビングウィルを渡した際は、できればカルテにそのことを書いてもらうよう依頼しましょう。「〇年〇月〇日付のリビングウィル文書受領、患者意思確認済み」と記載されていれば、第三者にも本人の希望が共有されていた証拠になります。病院によっては「リビングウィルあり」と電子カルテのアラートに設定してくれるところもあります。
緊急時用のメッセージ
リビングウィルは詳細な希望を書きますが、救急隊や初療の医師には長文を読む時間がない場合があります。そのため「私は◯◯(尊厳死協会)会員で延命治療を望みません」等の簡潔なメッセージカードも補助的に用意すると安心です。これは法的効力は無いにせよ、現場での一時対応に影響を与えます。
専門家への相談
リビングウィルを書いたり運用したりする段階で不安があれば、法律の専門家(弁護士・行政書士)や信頼できる医師に相談することをおすすめします。とくに法的トラブルが懸念されるケース、たとえば親族間で意見が分かれているような場合には、専門家を交えた話し合い(調停的な場)を持つことも検討しましょう。事前に火種を取り除いておくことが大事です。
法律ほどの効力はなくとも、私たち一人ひとりがリビングウィルを準備し、家族と医療者に周知しておくことで、現行の枠組みの中でも十分に自己決定権を行使することが可能です。最も大切なのは、本人の明確な意思表示と家族の理解・同意、そして医療者との事前共有という三位一体の準備です。
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